其の十四 東洋医学は、治療に際して全身のバランス状態を見る

自分を治す力は、もともと自分の中に備わっている。治療は、内在する治す力を引き起こすことを基本とする。そこに東洋医学の在り方があり、その力のことを自然治癒力や自然良能と呼んでいます。

一般に東洋医学では、病名をあまり付けません。病名が付いているということは、治療方針を立てる上でとても大切なことですが、その一方で、患者という人間全体よりも“病気という部分”に囚われてしまう弊害が起こり得ます。

また、東洋医学は病名が付いていなくても治療が可能です。病気では無いと診断されたにも関わらず、相変わらず不快感があって辛いといった状態(不定愁訴)に東洋医学が有効なのです。

では、東洋医学は治療に際して何を見るかというと、外してならないのが全体のバランスです。部分(各部)に現れている症状を調べるのは、全身の調和・不調和を確認するためにあるとも言えます。

全身のバランスが損なわれている場合、血(けつ)や氣(き)の巡りに不調が生じます。血は血液、氣は生命体を支えているエネルギーのことです。この氣血の流れに偏りや滞りが起こると、いろいろな部位に凝りや痛みが現れたり、ほてりや冷えが生じたりするのです。

診断法の中に、手首の内側のところの脉(脈)の状態(強弱など)を診ながら、全身のバランスを調べる脉診(みゃくしん)というものがあります。これは、全身を診断するための東洋医学独自の方法です。

また不調和は、力が抜けているべき上半身に余分な力が入る一方、下腹にあって全身の要(かなめ)となっていなければならない丹田(たんでん)が威力を失い、中心力が低下した状態を引き起こします。腰を中心とする動作のバランスが悪化し、肩に力が入って体軸をブレさせながら(体を左右に揺らすなどして)歩行したり、少し押されただけで倒れそうになったり、頭だけのお辞儀になって卑屈そうに見えたりといった“症状”がそれです。

東洋医学の治療家の中に、患者の起居動作にうるさい先生がときどきいます。それは、こうした様子をよく見ているからでしょう。

それから、バランス状態の悪化は、心理面にも影響します。身体の凝りは精神の緊張を導き、重心の上がりは冷静さを失わせます。肩や背中、腰などの凝りを取り、丹田に力が込もるよう重心を下げる鍛練を積み、呼吸法によって吐く息が長くなれば、自ずと心身が調和し、幸せな気持ちに満たされていくはずです。(続く)