其の七十 沢山獲得したければ、上を見ないで下を見よ?!

貝合わせとは、平安時代に行われていた女性たちの遊びで「物合わせ」の一種です。360個の蛤(はまぐり)それぞれの内側に同じ絵を描いておき、出し貝と地貝に分けます。

そして、あらかじめ地貝は伏せて並べておき、出し貝を一枚ずつ出しては貝殻の表側の色合いや模様を見比べ、一致する貝を見つけます。同じ貝であれば内側の絵も同じですから、それで一個を確保したことになるという遊びです。

並べておく物と一つずつ出す物に分けてあるのは、絵札と読み札に分かれる百人一首やカルタに似ています。伏せてある物を合わせることで獲得していくのは、トランプの神経衰弱に近いと言えます。

この貝合わせに勝つための要領は、近くの貝をしっかり取っていくところにあるのだそうです。確かに、手元の貝ほどよく見えるのだから、取り間違いが少ないはずです。

ところが気持ちが焦ると、「自分の前にある貝を差し置いたまま、他所(よそ)のほうを見渡して」しまい、どこかに隠れていないだろうかと「人の袖の陰や膝の下まで目を配る」ことになり、「その間に前にある貝を合わされてしまう」のです。

それに比べ、「よく合わせられる人は」落ち着いており、「他所まで無理に取るようには見え」ません。常に「近くばかりを合わせているようでありながら」、終わってみると「多く合わせて」いるわけです。

筆者が子供の頃のことですが、節分の日に近所の篤志家のお宅で、豆まきと共にお菓子がまかれました。集まって来る子供たちは、手にしっかり袋を持っています。それは何軒か回ることで、たちまちいっぱいになります。

広間にあふれんばかりの子供たちが集まり、灯りが消えると、いよいよ菓子まきの始まりです。「鬼は外、福は内」の掛け声のもと、沢山の種類のお菓子が空中を舞い、「うわー!」という大歓声が起こります。子供たちは手招きしながら、「おじさん、こっち!こっち!」と叫びます。

菓子まきは、あっという間に終わり、“戦果”を袋詰めした子から嬉々として帰って行きます。この菓子まきにも、重要な注意事項がありました。

両足を広げておき、その間に入って来た菓子を手前に寄せて確保すること。その際、上を見たらダメで、手元に飛んできた菓子を逃さないよう常に下を見よ。菓子が舞う方向に気持ちが向いてしまい、左右に動いてしまうのが最悪。動けば動くほど、手元に集めて置いた菓子を横取りされてしまうことになる。

慣れていない幼い子ほど、この注意事項の通りに失敗します。筆者も小さい頃は、何も取れないまま興奮しただけで終わりました。貝合わせと菓子まきに、「近くを見よ」という共通の心得があることが面白いです。

そういえば選挙戦も、まず本拠地である手元をしっかり固め、そこから周囲へ支持基盤を伸ばしていくのが良いのだそうです。近くを忘れて遠くばかり意識していると、遠近両方を失う場合があるというから注意が要ります。(続く)