其の五十六 兎と亀の競争で、亀は原点をちゃんと持っていた。だから勝った?!

兎と亀の競争で、なぜ亀が勝ったのか。その理由として、目標の置き所に違いがあったという見解を聞いたことがあります。亀がゴールを見ていたのに対して、兎はゴールよりも亀を見ていたのです。

兎は、はるか後ろにいる亀を見、当分の間追い付いて来ないだろうと油断します。そして昼寝をしていたら、いつの間にか亀に抜かれてしまいました。

だから、亀だけがゴールを見ていたということになるわけですが、さらに推測すれば、亀には前に向かう理由となる原点があったが、兎にはそれが無かったとも言えるのではないでしょうか。

出発点自体は、兎も亀も一緒でした。でも、どちらが原点を深く認識していたかというと、それは亀のほうだと思われます。ゴールへ向かう理由となる原点をちゃんと持っていたからこそ、亀に継続心が起き、途中で気を緩めたりしなかったのだろうと。

今現在の才能や実績を他人と比べたところで、一つの参考にしかなりません。それよりも大事なことは、これからやろうとする事の原点を認識することです。そして、原点から伸びて行く「自分ゆえの目標(志)」を持つことが肝腎です。それらがあれば、途中で諦めたりしなくなるはずです。

では、継続心の大切さと、習得の心得を教えている第百四十二段を見ていきましょう。

《徒然草:第百四十二段》其の三
「芸能を身に付けようとする人が「まだ上手く出来ない間は、無理に人に知られまい。内緒でよく習得してから人前に出るほうが、とても奥ゆかしいことであろう」と、いつも言うけれども、そう言う人は一芸も習得することはあるまい。

いまだ全然未熟である内から上手な人の中に入り、謗(そし)られ笑われることにも恥じず、平気で押し通して稽古する人は、たとえ天性の素質が無くても、芸道に滞らず自分勝手にやらないで年月を送れば、器用だけれども修練しない人よりも、ついに上手の位置に至り、才能も伸びてきて人にも認められ、並ぶ者のいないほどの名誉を得ることにもなるのだ。

天下の名人と言われる人も、最初は下手という評判が立つくらい、酷い欠点があったものだ。しかし、そういう人であっても、芸道の掟を正しく守り、それを大切にして自分勝手にやらなければ、世の中の権威となり、万人の師となることは、どの道でも変わりは無い。」

※原文のキーワード
上手く出来ない間…「よくせざらむ程」、無理に…「なまじひに」、内緒で…「うちうち」、人前に出る…「さし出でたらむ」、とても奥ゆかしいことであろう…「いと心にくからめ」、全然未熟…「堅固かたほ(片秀)」、平気で押し通して稽古する…「つれなく過ぎてたしなむ」、素質…「骨」、滞らず…「なづまず」、自分勝手にやらないで…「みだりにせずして」、器用だけれども修練しない…「堪能のたしなまざる」、才能も伸びてきて…「徳たけ」、認められ…「許されて」、並ぶ者のいないほどの名誉…「双(ならび)なき名」、天下の名人…「天下(あめのした)の物の上手」、下手…「不堪(ふかん)」、評判…「聞え」、酷い欠点…「無下(むげ)の瑕瑾(かきん)」、大切にして…「重くして」、自分勝手…「放埒(ほうらつ)」、権威…「博士(はかせ)」(続く)