その110 予兆の段階で素早く対処せよ!

「軍隊というものは、高い所を好み、低い所を嫌う」のですが、その理由は既に述べた通り、高所から低所へ向かうほうに勢いが付くところにあります。坂道をイメージしてみてください。苦労して上らなければ前に進めないのと、楽に下りながら攻めて行けるのとでは、勢いに大きな差が出ます。

「日当たりの良い所を貴び、日当たりの悪い所を賤しむ」。これは太陽光の降り注ぐ場所に駐屯し、明るい「生氣を養」ってこそ、軍隊が「充実」するということです。日当たりが良ければ、じめじめすることがありませんから「軍隊にどんな疾病も起き」ず、自ずと「必勝」の状況が整ってくるわけです。

それから「丘陵や堤防では、必ずその東南に居り、それが右側と後方になるようにせよ」と。これも既に触れたように、自軍の右側から後方にかけて高くなる地を選んで陣を構えよということです。そうすれば勢いの方向が前方左に向かって生じるので、上から見て左回り(反時計回り)になりながら戦えます。初動において左回りに動ければ、敵の背中を攻められることになって有利になるのです。

それから「川の上流から」の知らせに注意せよとこと。今いる場所が晴天であっても、上流では荒天という場合があります。「雨で泡だった水流が押し寄せて来た」ときが要注意で、「これから川を渡りたいというときであっても、雨が落ち着くまで待つようにせよ」と孫子は自重を促します。

大軍が大きな川を渡るのですから、全軍が渡りきるまで時間がかかります。前方の軍が渡り始めたときは晴天でも、途中から曇天となり、やがて強風大雨と共に濁流となることがあります。そうして全軍が渡りきれず、軍隊が前後に分断されれば、味方には大変不利な体勢となってしまいます。

何事にも兆候というものがあり、泡だった水流が押し寄せて来るのもそうです。予兆を大和言葉で「兆し(きざし)」と言います。兆しは「萌(きざ)し」で物事の芽生えであり、また「生(き)差し」として、これから生ずるものが差し現れることでもあります。

兆しには大抵、現れ易いポイントというものがあります。これを知っておけば、問題の兆候を掴めるという要所です。問題に対する先手の対応とは、まさにそれを見逃すことなく捉え、予兆の段階で素早く対処することに他なりません。
(続く)