「龍馬は来んかったな…」。これは、松下政経塾第一期生募集時の面接試験を終えたときの松下幸之助塾長のお嘆きです。週刊誌記者のインタビューに答えた際の発言であったと記憶しています。
坂本龍馬は一期生にはいなかった、しかしこれから来るかもわからんがという率直なご感想に、一期生の林は「一体どういう意味だろう?」という疑問を持つと同時に、大変悔しい思いをしたのを記憶しています。
では、松下塾長が期待する坂本龍馬像とはどういうものでしょうか?龍馬は、薩長同盟を結ばせて幕府に対抗出来る勢力を築き、その上でさらに大政奉還をやって大きな内乱を未然に防ぎました。
そのことが前提でのご発言ならば、日本に新たな大同団結を興し、内部分裂的な分断を防ぐ政治勢力を創る人物の登場を望んでいたということになるでしょう。
そこで必要となる在り方が、一人一人の個性発揮と全体の大同団結であり、そこに松下塾長が求めていた坂本龍馬像があるものと想像します。
下記は、一期生が入塾して5ヵ月近く経ったときのお言葉です。
「一人の立派な人を創るということも非常に大事な尊い仕事や。それだけでもこの塾を開いた意義がある。しかし、同時に共同の目標を持って、協同一致して日本の将来というもの、我々の次代の人びとを良くしていこうというところに、我々の使命感がある。その使命感があるためにこの塾を開いたんだと、諸君もそれに馳せ参じたんだと、こういう解釈をはっきりと持ってもらいたい。それがなかったら、個々に優秀な人ができても事が知れてるわな。」
昭和55年(1980)8月26日『松下幸之助塾主 遺言集』松下政経塾7頁
個々に優秀な人が育つだけではダメで、共通の目標に向かって大同団結を興していかないと「事が知れている」、つまり意味が無いと言うのです。
幕府を倒す勢力をつくるための薩長同盟、薩長に倒される前に幕府から白旗を揚げる大政奉還。これらは矛盾する取り組みですが、これを成し遂げたのが龍馬です。龍馬ばかりではありません。幕末には魅力的で貫目のある志士たちが揃っていました。
出身地や立場は違っても、日本を救うことにおいて大同団結した幕末志士たちの連携に学んでくれないようでは、何のために塾をはじめたか分からないというのが松下塾長の憤りだったのです。
この松下塾長の無念を何としても晴らしたい! そう決意してはじめたのが、綜學一門大同団結国民運動です。それは「鍋料理理論」によって進めていきます。鍋料理は、大鍋という器で一つにまとまっています。でも、それぞれの具材は、最後まで個性を失いません。個性を発揮し、お互いを生かし合いながら大調和を起こしているのです。
どうすればそれが出来るのかというと、「共通の学び」による「共通言語」と「共通の目標」があればこそです。そこに「綜學」ならびに国是三綱領(3つの基本理念)の存在価値があります。大同団結によって日本改新とその後の日本創成、さらに文明維新へと共通の事業が展開します。そこでは、突破口を開く“土佐勤王党”も必要な具材の一つとなります。
また、日本人の分断化を防ぐには、「大和言葉」が威力を発揮するでしょう!漢字の訓読みにあたり、漢字受け入れ以前から日本列島で話されてきた原日本語が大和言葉です。それは縄文語に通じるとされ、アイヌ語や沖縄方言ともつながっていると。
大和言葉によって一体観を醸成し、大同団結を図ろうではありませんか!特に『古事記』の冒頭が重要です。
(政経倶楽部・日本政経連合総研 総研レポート第95号より)