林英臣が講義する講演会・勉強会です。お気軽にご参加いただけます。
是非ともお運びを!東北→関東→中部→関西→中国→四国→九州の順になっています。隔月開催などの会は5月以降の案内になっている場合がありますのでご注意ください。
開催日時・場所・内容が、予告なく変更される場合があります。
念のため問い合せ先にご確認の上、ご参加ください。
☆印は連続の勉強会、★印は単発の講演会です。
月: 2018年3月
その70 平和な時代における、武士の生き方とは何なのか?
武士道を述べる上で、忘れてならない一書があります。江戸時代中期に書かれた『葉隠(はがくれ)』という武士道書がそれで、鍋島藩(佐賀)の藩士であった山本常朝(つねとも)が語った言葉を、同藩の田代陣基(つらもと)が筆記したものです。その中に、武士の覚悟と生き様から、日常の注意事項、世間を渡る上での心得に至るまで、幅広い内容がまとめられています。
誰だい?弟子の前で、平気で愚痴を言う師匠は…
こんにちは。今日の浜松は、風が少しあるものの、春らしい陽気になりました。
●日記● 平成30年3月23日~26日
◆3月23日(金)、祖父母の墓参りで龍島院(臨済宗方広寺派)へ。
その足で、賀茂真淵の師匠であった杉浦国頭(くにあきら)が、大祝を務めていた諏訪神社に参詣。そして、生家に寄って母を見舞い、曾祖父母と祖父母を祭っている仏壇に般若心経を上げる。龍島院と諏訪神社と生家は、全て浜松市中島町にある。夜は空手道の稽古へ。
国会綜學勉強会で「側近学」の講義
こんばんは。今日は、とても寒い春分の日でしたね。
●日記● 平成30年3月20日
◆3月20日(火)、第32回・国会綜學勉強会で「側近学」の講義。
側近は、左右の取り巻きや、単なるご意見番とは全然違う。側近は、トップの志を片腕となって実現させる人物のことであり、常に組織全体を把握しつつ、その活動をマネジメントしていかねばならない。それはトップ以上に大変な役割であり、陰となり嫌われ役ともなるのだから、よほど無私の心がなければ務まるものではない。
その68 知に深く、情に厚く、意に強い綜學の人
朱子学への批判は、幕府の御用学問への攻撃であり、それはご政道に対する抗議に他なりません。幕府から何らかの処罰を受けることは必定で、師の身の安全を心配した弟子たちは『聖教要録』の出版を止めようとします。
しかし、師の山鹿素行は本氣でした。学者として命懸けだったのです。「真理は懐にしまっておくものではない。聖人の教えの原点に戻り、これを天下に広め、後生の志士たちに期待するところに私の志があるのだ」と決意を告げました。
さあ、目を覚まそう!~150年間溜まった5つの歪み
こんばんは。神戸と広島で講義して浜松に戻りました。今日は「彼岸入り」、明明後日は「春分の日」ですね。
今週は、20日(火)が国会綜學勉強会、24日(土)~25日(日)が林塾「政治家天命講座」第13期・西日本合同弥生例会です。
その67 学者の良心に則って、御用学問の誤りを正す!
そこで素行は、幕府の御用学問である朱子学を専ら教えることにしました。朱子学を大成させたのは、チャイナ南宋の学者であった朱子です。朱子は、よく学んで物事の理を窮(きわ)めることと、雑念を払って身の振る舞いを厳粛にすることを教えました。前者は「窮理」、後者は「居敬」と言います。
浜松博物館で開催された「遠州報国隊」特別展に行って来ました
こんにちは。今日の浜松は、よく晴れていますが寒いです。
◆先週の9日(金)、浜松博物館で開催された「遠州報国隊」特別展に行って来ました。見学を勧めてくれたのは、靖國神社権禰宜の野田安平さんです。
幕末維新期の人物として、幕府や會津藩、薩摩藩や長州藩、土佐藩などの出身者が有名ですが、遠州(浜松や磐田など)にも志士がいました。それが神職を中心とする遠州報国隊で、300名を超える若者が隊士となっておりました。
その66 武士道の大成者と言われる山鹿素行は、まさに綜學の先達
武士道の大成者と言われる山鹿素行は、まさに綜學の先達です。21歳で兵学師範となるものの、素行にとって技術論的な兵学は一つの余技に過ぎません。素行は哲学思想を幅広く学び、その学問は神道・国学・国文学・儒学・老荘・禅仏など多方面に及びました。