こんばんは。本日は「ひな祭り」。明後日5日は二十四節気の「啓蟄」です。だんだん寒さが緩んできましたね。
【お誘い】古事記の語り部、言本師(ことのもとし)を募集しております!
古事記は、漢字を用いながら大和言葉で表記された日本神話です(西暦712年成立)。大変貴重な神話でありながら、残念なことに古事記は次第に忘れ去られていきました。正史である日本書紀(漢文で表記)の陰で、存在が薄くなっていったのかもしれません。
やがて、江戸時代に古典研究の国学が盛んになり、本居宣長によって、やっと古事記は解読されます。成立後、千年以上に亘った“封印”が、とうとう解かれたのです。
しかし、一番重要な古事記冒頭の「宇宙のはじめ(別天つ神五柱)」「地球のはじめ(神世七代)」「人間のはじめ(修理固成)」については、明確な解釈がなされないまま現代に至ってしまいました。どの解説本を見ても、古事記冒頭部分は、簡単に触れるだけで終わっています(神々の多くが名義未詳のまま)。
その理由は、大和言葉の音義(一音一音の意味)研究が不十分であったところにあります。アマノミナカヌシの神の登場からはじまる神々の意味が、これまでよく分からなかったのです。
絵本「やまとことば神話」語り部養成講座では、大和言葉一音一音の仕組みからきちんと習うことで、神話冒頭の神々の意味を明らかにしていきます。
その基礎の上に、「宇宙のはじめ」「地球のはじめ」「人間のはじめ」という、最も大事な日本思想を学び取る構成となっています。
従って本講座から、他では聞くことの出来ない深い神話を伝えられる「語り部」が育つことになります。それが「言本師(ことのもとし)」です。
言本師は、分かり易い絵本「やまとことば神話」を用いて読み聞かせを行い、さらに読み聞かせを行う言伝師(ことつたえし)を育てていきます。
言本師や言伝師は、まさに二十一世紀のホメロス(ギリシャ神話の語り部)であり、令和の稗田阿礼(古事記を誦習)であると言えましょう。
その使命は、日本に原点回帰を起こして祖国をよみがえらせ、※大宇宙の生成発展に寄与し、人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献するところにあるのです。
(※松下政経塾を建塾された松下幸之助翁の精神)
現在、8月からの第四期生を募集しております。ただいま残席5名様です。
詳しくはホームページをご覧くださいませ。
peraichi.com/landing_pages/view/kataribe/
◆新著を上梓しました! 『国是からはじまる新しい日本』
今、日本に一番必要なのは国家目標となる国是だ! 博進堂1980円(税込)
ご注文は下記Yahoo!ショッピングからお願いいたします。
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◆講演録が出版されました。「学校も企業も すべては教育からはじまる」
かつて薩摩には、子供から青年までが集まり、年上が年下を教え導く郷中教育がありました。それによって、大西郷や大久保らが育ちました。
私は、この郷中教育を林塾政治家天命講座に生かしてきました。また林塾は、原点・大局・本氣・徹底教育を行なっていますが、これは松下村塾を主宰された吉田松陰先生に学んでいます。
講演では、これら幕末維新期の武士道教育を、現代にいかにして蘇らせるかについて述べました。本当に、最後は人、人が育つかどうかです。
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◆林英臣全巻セット!
作文が苦手で、文集に載ったことなど一度も無かったのに、いつの間にか、沢山の本を博進堂から出版していただきました。
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●評論・随筆●
◆何かあったときこそ、誰がしっかりしているかを見抜くチャンスとなる◆
何か問題が発生すると、しばしば関係者は、自己の正当化や責任回避に動こうとする。そして、場当たり・横並び・先送りという対応しか取れない。根本的解決には程遠い有様だ。
そうならないために必要なのが、「全体を観る」「核心を掴む」「流れを読む」という綜學的対応法である。
今だけ・ここだけ・自分だけといった部分観に陥ることなく、全体から観てどうなのかを考えられることが大事だ。それには、対応に当たる指導者が私心を去らねばならない。
「今だけ」は時間的部分観、「ここだけ」は空間的部分観、「自分だけ」は人間的部分観なり。
全体を観たら、次に「問題の根っ子」を明らかにし、「解決のカギ」を握っているキーパーソンを見つけ出すことが必要だ。それは、洞察力を働かせて、核心を掴むという作業である。
さらに、流れを読まなければならない。この先、益々上がるのか、まだまだ下がるのか、そろそろ天井を打つのか、間もなく底を打つのか、といった流れを読むのだ。循環は動くものに必ず起こる現象で、あると思えば次第に見えて来るものである。
さて、活動や団体には問題が付きものだ。常に組織としての「勢い」を計り、まとめ役の「命脈」についても判断しながら対応を図らねばならない。
その対応には暖と断、即ち愛の暖かさと、厳しさの断の二つが求められる。これを厳愛という。さらにもう一つのダン、段々の段を加えて、焦ることなく段階を追いながら解決を進めることも心得としたい。
とにかく普段の意識が、ものを言う。仕事であれ活動であれ、いかなる原点によって、どんな大方針のもと、どれほどの覚悟を持って携わってきたのか、またこれからも携わっていくのかと。
何かあったときこそ、誰がしっかりしているかを見抜くチャンスとなる。合わせて、指導者としての自分の小ささを見透かされてしまうきっかけともなる。お互い、襟を正そうではないか。(3月3日)