其の百五十九 世の中が大きく変わるときほど、国民運動が起こる(必要となる)理由…

これまで学んできた沖正弘導師の教えの要点です。

・治る力は自分の内にある(自然治癒力)。
・症状は治る力の現れであり、生命の回復要求に他ならない。
・治す方法は一人一人違うから、自分で発見しなければならない。
・自分と病氣の事ばかり考えていると、治り難くなる。
・病氣を忘れているときに、治る力が働き出す。
・人の役に立つ事を行えば、病氣を忘れている時間が生まれる。

そして、沖正弘導師は無理・無駄・ムラがいけないと言われました。無理は原理に外れていること、無駄は余分が多いこと、ムラはちぐはぐなことです。

心身は緊張し過ぎても緩み過ぎても、原理に外れて無理が生じます。無理は無駄とムラを生み、至るところに過不足が起こって、ちぐはぐになってしまうのです。

そこで沖ヨガは、綜合的に鍛錬・研修することによってバランスを回復させ、無理・無駄・ムラを取り去るよう教えました。

どう見るかという「見方」も大事です。とかく自分の心が清ければ一切が清く見えますし、自分が楽しければ一切が楽しく見えます。

また、こちらが善であれば相手も善に見え、こちらが狡賢(ずるがしこ)ければ、相手も人を騙す悪人ではないかと疑ってしまいます。同様に、病氣に大切な教えがあると思えば、病氣が自己進化のきっかけになりますし、病氣を悪とだけ見れば悪にしかなりません。

結局、医師や治療家が慢性病を治すのではありません。医師や治療家はサポーターであり、慢性症状を緩解させる働き(自然治癒力)は、あくまで患者の内にあります。

このことは、政治においても同様です。慢性的な社会問題を改善する力は、極論すれば政治家には無いとも言えます。災害や紛争など突発的な出来事(危機)への対応は、勿論政治が極めて重要です。が、じわじわダメになってきた社会病理の解決には、もっと国民が主役になって、その内在する国民的自然治癒力(徳の力)を発揮させねば前に進みません。

世の中が大きく変わるときほど、国民運動が起こる(必要となる)理由がそこにあります。いわゆる政治でなければ対応出来ない事と、国民力でなければ前に進まない事を、ちゃんと弁別した取り組みが求められると考えます。

今回で、「密教ヨガに学ぶ神人合一の人生」シリーズを終えます。次回から、「やまとことば国学」の師である河戸博詞先生が登場する唯一の書籍を元に、いかにして日本人の霊性を高めるかについて論じていく所存です。ご期待ください。