其の二十四 京が騒然!伊勢の国から鬼になった女が上って来た?!

デマについて、徒然草の第五十段に面白い話が出ています。兼好法師が若い頃、伊勢の国から鬼になった女が京に上って来て、二十日間ほど大騒動になったのだそうです。

昨日は西園寺に、今日は院(上皇の御所)にという具合に、京のどこそこに鬼が出たという情報が各地に発生しました。しかし、確かに見たという人は無く、全くの虚言(そらごと)だという人もいません。身分の上下に関わらず、みな鬼のことばかり話題にする状況となりました。

ある日など、四条通から北側の人たちが、みな北へ向かって走り出し「一条室町に鬼がいる!」と大声で騒ぎ合ったとのこと。所によっては、通行不能なほど混み合ってしまったのです。

兼好法師は、何か根拠があるのではないかと考えて、人を遣って観察させました。でも、本当に鬼に会ったという人は見当たりません。結局、日が暮れるまで騒ぎは続き、喧嘩も起こる浅ましい有様でした。

その頃あちこちで、二三日(にさんにち)患う病気が流行りましたが、あの鬼のデマは、その流行病の前兆ではなかったかと言う人もおりました。

これが、第五十段の要旨です。この鬼の話は、完全な嘘情報でした。

兼好法師の時代には、当たり前ですがニュースを扱うマスコミも、ネットなどの情報網も存在しません。それにも関わらず、デマから起こった情報が一人歩きして世間に飛び交い、その嘘に多くの人たちが乗せられ、すっかり翻弄されてしまったというのですから驚きです。

どうやら多くの人たちにとって、それが真実であるかどうかよりも、その情報に皆が注目しているかどうか、世間を騒がすほどの話題になっているかどうかのほうが重要なのでしょう。そして、その騒ぎに自分だけ乗り遅れるわけにはいかないという一種の強迫観念が、事実に程遠いデマを流行らせてしまう原因になっているのではないかと推測します。

この歴史的な実例から、あっけなくデマに誘導されてしまう大衆心理の怖さを、ひしひしと感じます。現代のような情報伝達手段が無かった時代の話であるだけに、煽られ易い人間心理というものの脆さを直視させられる次第です。(続く)