其の百十 どんな事も、もうこれで万全と思ってはいけない…

「自分自身をも他人をも頼りにしない」という兼好法師の教えと同様の見解を、江戸時代初期の大学者である山鹿素行が述べていました。(下記は佐佐木杜太郎著『現代人の山鹿兵法』久保書店165頁~166頁を参考にしています)。

「平和を頼りして備えを怠っていると、兵乱の生ずるところとなる。無病を頼りにしていると病を早く受けることになる。知恵を頼りにしていると(その知恵を逆手に取られて)人に騙されてしまうことになる。

また、臣下を頼りにしていると威厳を(その臣下に)奪われてしまう。それは邪(よこしま)な心を見抜けないからだ。これらは、悉(ことごと)く自分を頼りにすることによって起こしてしまう大失敗である。」

また、次のような注意も記されている。

「天の時を頼りにするなかれ。(風向きはすぐ変わる)。
地の利を頼りにするなかれ。
人の和を頼りにするなかれ。
多勢を頼りにするなかれ。(多勢は分裂し易い)。
安楽を頼りにするなかれ。
官位を頼りにするなかれ。(資格をあてにしない)。
理論・理屈を頼りにするなかれ。(こちらに理があることをあてにしない)。
兵法を頼りにするなかれ。(自分の得意をもあてにしてはならない)。
どんな事も、もうこれで万全と思ってはいけない。
万全と思うときに怠りや油断が起こるものだ。」

兼好法師の教えと山鹿兵法の教訓が一致していることに驚くかも知れませんが、『徒然草』には武士の心得や勝負のコツが記されているのですから、それは当然とも言えるでしょう。(続く)