その167 敵を味方に変えるにあたって重要なのは、利よりもむしろ大義名分

敵の間者が自国に潜入している場合、こちらの誰がターゲットとなるでしょうか。素人判断では、やはり有力者が標的にされるのであって、責任の軽い者や立場の低い者は相手にされないと思われがちです。ところが孫子は、有力者に繋がっているか、有力者の情報に関わる立場にいる者全てが、間者による調査対象になると教えています。誰でもターゲットになり得るのです。

また、五間の中で、二重スパイや逆スパイにあたる反間の重要性がここで説かれます。反間とは、敵国の間者を手懐(てなず)け、こちらの間者に転向させたもののことであり、それによって貴重で精度の高い情報を収集することが可能となります。

外交戦も宣伝戦も人間がやることですから、要するに心理戦に他なりません。心理戦において、間者がもたらす情報が第一に物を言うことになりますが、そのために反間を獲得せねばならないとなると、あの手この手を使っての大変な作業となります。

敵の間者が味方の反間となるのは、決して利ばかりで身を翻すのではありません。敵を味方に変えるにあたってトドメとして重要なのは、利よりもむしろ大義名分です。大義名分とは、そうすることが正義であり、筋が通っていると確信出来る理由のことです。

寝返りという行為に対して「自分はなんという裏切りをしてしまったのだ」などと後悔させないだけの大義名分があってこそ、敵の間者は味方の反間となって活躍してくれることになるのです。また、それを誘導する人物に器量や魅力があれば「この人のために役立ちたい」と強く思わせることになり、敵の間者を味方に巻き込める可能性が高まります。

《孫子・用間篇その四》
「敵軍を撃ちたいと欲するとき、敵城を攻めたいと欲するとき、敵将を殺したいと欲するときは、まず先に守りに就いている将軍、左右の近臣、取り次ぎ役、門番、宮中の従者などの姓名を知り、味方が送り込んでいる間者に必ず探索させておくべきだ。

敵の間者が潜入し、我が国で諜報活動をしていたら、必ず探し出して買収し、こちらに身を寄せるよう誘導して手懐けよ。そうすれば、反間として用うることが出来る。この反間によって敵の情勢が分かるから、郷間や内間を使えるようになり、死間を送り込んで偽情報を敵に告げられるようになり、生間は計画通り任務を遂行出来るようになる。

これら五間の重要性を、君主は必ず知るべきだ。それは反間がいるからで、反間は最も厚遇されなければならない。」

※原文のキーワード
敵軍を撃ちたいと欲するとき…「軍之所欲撃」、敵城を攻めたいと欲するとき…「城之所欲攻」、敵将を殺したいと欲するとき…「人之所欲殺」、左右の近臣…「左右」、取り次ぎ役…「謁者」、門番…「門者」、宮中の従者…「舎人」、味方が送り込んでいる間者…「吾間」、敵の間者…「敵人之間」、潜入…「来」、我が国で諜報活動…「間我」、必ず探し出す…「必索」、買収…「利」、こちらに身を寄せるよう手懐ける…「舎之」、用いることが出来る…「可得而用」、この反間によって敵の情勢が分かる…「因是而知之」、偽情報…「誑事(きょうじ)」、計画通り任務を遂行出来るようになる…「可使如期」、五間の重要性…「五間之事」、最も厚遇されなければならない…「不可不厚」(続く)