間者が伝える情報ですが、常に詳細な内容(文字量)であるとは限りません。
合い言葉や隠語を使うなどして、途中で人に漏れても大丈夫なよう工夫している可能性があります。真実は行間を読まねば分からないのですから、受け取る側に「細やかな感覚」が無いと、「間者から真実を感得することが出来ない」ことになります。
また、豊富な情報量で伝えられて来たとしても、その中から重要ポイントを見抜く読解力が求められます。情報戦は敵との心理戦なのですから、間者以上に真実を察知する感性が必要とされるのです。まさに「細やかなるかな、細やかなるかな」です。
そうして、孫子は「間者を用いずに済む所なんてあるまい」とまで言い切りました。特別な時と場合だけ間者を用いるというのではなく、敵はもとより味方を含めた全体に対して情報収集網を張り巡らせておけと。
経営の神様と呼ばれた松下幸之助は、まさに間者を全社に送り込んでいた経営者でした。それが「経理社員」と呼ばれた特別社員で、かつて本社から各事業部や子会社に配属されていました。その名の通り経理を担当する社員なのですが、真の役割は松下幸之助に直接情報を届けるところにあります。お金の動きを知れば、一番的確に経営状態を察知出来るということだったのでしょう。
経理社員は、面接試験から一般社員と別に行われ、入社後の社員教育も分けられていたとのこと。事業部長や子会社社長は、経理社員を勝手に異動させたり解雇したりすることが許されませんでした。その上、経理社員は「拒否権」を持っていて、松下幸之助の指示を受けつつ事業部長や子会社社長の決定を止めることが出来ました。
松下幸之助は、経理社員がもたらす情報を元に、全グループに対する統率力を保っていたのです。筆者も、かつて松下電器(現パナソニック)の経理社員だったという複数の人物に会っていますが、目の鋭さや雰囲気に至るまで、他の社員とかなり違っていたことを記憶しております。松下幸之助は、まさに間者を巧みに使いこなす達人だったのです。(参考:『日本人が最も尊敬する経営者松下幸之助』宝島社2006年 経営評論家・梶原一明氏コラム61頁)
さて、間者に対して非情になり切らねばならない場合があります。それが、間者が他に情報を漏らしてしまったときです。「もしも間者が集めた情報が、まだ(将軍に)報告されていないにも関わらず(外部に漏れていたため)先に(他から)聞こえて来た場合」が問題となります。
このとき、間者は誰かに情報を漏らし、それを誰かが欲していたのです。
これら、情報を漏らした者と、情報を収集した者の「両者を殺さねばならない」というのが孫子の教えでした。厳しい処置ですが、そこまでやってはじめて秘密が厳守されることになるわけです。(続く)