その149 孫子の兵法~どこに向かうのかを知られてはならない…

国民一人ひとりに、国是や国家目標を知らせることは重要です。全体としてどこへ向かうのかが明確なほど、国民の力が結集され易いからです。孫子の時代であれば、君主と将軍の意思統一が、国家存続の基本でした。

しかし、戦闘が起こる現場では、軍の計画や進路、配備などの細かい情報は、兵士に知らせないほうが良いと孫子は主張しました。どこに向かうのかを知られてはならないと。それは、第一に機密が漏れることを防ぐためであり、第二に兵士に余分な事をあれこれ考えさせてしまい、軍隊が不安や心配で覆われてしまうことを避けるためでした。

これを単なる秘密主義や、非民主的な隠蔽体質であると決め付けてしまうと、孫子の主張から外れてしまいます。生きるか死ぬかという極限状態の中で、将軍は何が何でも勝利を収めなければなりません。そのために必要となる統率力の、その起こし方について語ったのです。

《孫子・九地篇その五》
「将軍の仕事は、静かで暗く、正しくあってこそ治まる。そこで、士卒の耳目を愚かにし、(軍の計画・進路・配備などを)認知されないようにし、それらを変え、謀計を改めても、人々に意識させないようにし、駐屯地を移し、進路を迂回(うかい)させても人々に思慮させないようにするのだ。

軍隊を率いて任務を授けるときは、高い所に登らせてから梯子(はしご)を外すようにせよ。軍隊を率いて敵地深く入り、いよいよ決戦を起こすときは、舟を焼き、飯釜を壊し、兵士らを羊の群れを追うかのようにせよ。追われて行くときも、追われて来るときも、どこに向かうのかを知られてはならない

全軍の大部隊を集めて危険な地に投入することこそ、将軍の仕事である。九地の区別、進退の利害、人情の機微について考察しないようではいけない。」

※原文のキーワード
暗い…「幽」、認知されないようにする…「使之無知」、それらを変える…「易其事」、謀計を改める…「革其謀」、人々に意識させないようにする…「使人無識」、駐屯地を移す…「易其居」、進路を迂回…「迂其途」、人々に思慮させないようにする…「使人不得慮」、軍隊を率いて任務を授ける…「帥与之期」、梯子を外す…「去其梯」、軍隊を率いて敵地深く入る…「帥与之深入諸侯之地」、決戦を起こす…「発其機」、舟を焼く…「焚舟」、飯釜を壊す…「破釜」、羊の群れを追うかのようにせよ…「若駆群羊」、追われて行く…「駆而往」、追われて来る…「駆而来」、どこに向かうのかを知られてならない…「莫知所之」、全軍の大部隊を集める…「聚三軍之衆」、危険な地に投入…「投之於険」、区別…「変」、進退…「屈伸」、機微…「理」、考察しないようではいけない…「不可不察」(続く)