『孫子』と並ぶ兵法書とされているのが『呉子』です。『呉子』に「兵を動かすときの最も大きな間違いは、もたもたしていて機会を逃してしまうことにある」と書かれています。
虫や魚の中に、獲物が近付いてくるのをじっと待っていて、捕まえられるチャンスと見たら、タイミングを逃さないで一瞬で捕捉してしまう“天才ハンター”たちがいます。相手に気付かせないよう息をひそめているときの静かな様子と、瞬殺するときの素早さの落差には、本当に驚くばかりです。
武道で技を掛けたり、打ったりするときのタイミングも同じです。早過ぎれば空振りとなり、遅ければ逆にやられてしまいます。「受け」もそうで、早く受けても遅く受けても、相手の攻撃を捌(さば)くことは出来ません。
虫や魚のハンターたちが、息を殺して獲物を待つときの忍耐力と、チャンスと見たら瞬時に動ける態勢の維持には心服しないではいられません。そうしたチャンスを逃さないという姿勢も、兵法の大事な教えとなります。そのために、用意周到なる先手準備が必要なことは言うまでもありません。
また『呉子』には、「相手の空虚なところと充実しているところを察知して、その弱点に向かいなさい」とあります。空虚と充実を、合わせて「虚実(きょじつ)」といいます。
虚か実かを判別するのは、鍼灸などの東洋医学の基本でもあります。心身の状態が「虚」であれば「氣」を補うよう治療し、「実」であれば瀉(しゃ)すよう治療します。一般に温めれば補となり、氣(邪氣)の滞りを流す(取り去る)よう治療すれば瀉の施術となります。
「その弱点に向かいなさい」の弱点は、まさに相手の手薄なところです。充実している手強いところは避け、弱くて勝ち易いところを突破口に一点集中して攻めよということです。
それは商売も同じで、弱点は相手の困っているところでもあります。世の中やお客様の困っている所に、仕事の種が眠っているというわけです。
繰り返しますが、先手を打つこと、大局を整えること、情報を得ること、チャンスを逃さないこと、虚を突くことなどは兵法の基本です。兵法は、中国思想の中で重要な位置を占めています。日本とは桁違いに権力闘争の激しいチャイナでは、兵法無くして生き残りは有り得ないのです。孫子の教えが、現実的な政治論として、世間を渡る心得として、頻繁に用いられる所以(ゆえん)です。(続く)