さて、大化改新(西暦645年)とは一体何だったのでしょうか。一言で言えば、豪族連合政権による社会秩序を終わらせ、新たに中央集権的な社会秩序を始めるための誕生点でした。
豪族連合政権によって形成されていたのが、氏姓制度による「古墳時代の社会秩序」です。氏姓の「氏」は葛城氏・大伴氏・物部氏など各豪族が名乗る「氏(うじ)」、「姓(かばね)」は「臣」「連」「直」など朝廷から頂く称号のことです。これに中央政府から認められる「前方後円墳」築造のライセンスが加わって、連合政権体制が維持されていました。
さて、大化改新(西暦645年)とは一体何だったのでしょうか。一言で言えば、豪族連合政権による社会秩序を終わらせ、新たに中央集権的な社会秩序を始めるための誕生点でした。
豪族連合政権によって形成されていたのが、氏姓制度による「古墳時代の社会秩序」です。氏姓の「氏」は葛城氏・大伴氏・物部氏など各豪族が名乗る「氏(うじ)」、「姓(かばね)」は「臣」「連」「直」など朝廷から頂く称号のことです。これに中央政府から認められる「前方後円墳」築造のライセンスが加わって、連合政権体制が維持されていました。
こんにちは。本日7日は、朝夕が冷えてきて露(つゆ)が白く降りるという、二十四節気の「白露(はくろ・しらつゆ)」です。
◆明後日9日(土)は、若手印刷人経営塾(第17期)で講義&アドバイス。
(計7時間)。主催者の田中肇先生は、印刷業をこよなく愛する経営指南役です。
聖徳太子の「徹底」で、まず挙げるべきは「憲法十七条」の制定です。その内容は、仕事の指針と臣下の心得でした。とにかく仲良く和して勤めるよう、懇切丁寧に諭しています。
それから「冠位十二階」の制度があります。これは、優秀な人材を見出し、本人一代に限って身分を上げて登用するための制度です。そのような仕組みを作った理由は、身分の高い層に優秀な者が少なく、身分の低い層に俊才が存在するようになっていたところにあると考えられます。社会秩序が入れ替わる過渡期には、そういう現象がよく起こります。そこで聖徳太子は、門閥を打破し、優れた者を積極採用出来るよう、この制度を定めたのです。
こんばんは。明日は早くも9月1日、「二百十日」です。
◆2日(土)は駒ヶ根、4日(月)は米沢で講義します。
☆伊那谷文明維新塾 9月2日(土) 午後6時~8時
「渋沢栄一と松下幸之助に学ぶ日本経営道」~理念の無い経営と利益の出ない経営は、どちらも間違っている~
林英臣が講義する講演会・勉強会です。
お気軽にご参加いただけます。
是非ともお運びを!東北→関東→中部→関西→中国→四国→九州の順になっています。隔月開催などの会は8月以降の案内になっている場合がありますのでご注意ください。
開催日時・場所・内容が、予告なく変更される場合があります。
念のため問い合せ先にご確認の上、ご参加ください。
☆印は連続の勉強会、★印は単発の講演会です。
それから、もう一つの本氣が「統一国家の建設」です。豪族による私地・私民の奪い合い、蘇我氏と物部氏の対立による内乱、さらに崇峻天皇の暗殺によって、皇室の権威は地に落ちていました。
内外に危機を抱える中、太子は日本のミナカである天皇の権威を何としても復活させたいと願い、合わせて大陸や半島の国々に負けない統一国家の建設を志しました。そこで「憲法十七条」の第三条に「詔を受けては必ず謹め」と二度も記し、天皇のお言葉(詔)を受けたら必ず受け入れるよう人々に促したのです。
こんばんは。今日は本暦の七夕です!
◆今週は、明日が各務原で「織田信長」、明後日が美濃加茂で「吉田松陰」について話します。どちらも岐阜県です。また週末となる9月2日(土)は伊那谷で「渋沢栄一と松下幸之助」を演題に講義します。
◆聖徳太子の大局
聖徳太子の当時、世界情勢を最も大局的に掴んでいたのは、ほかならぬ太子自身でした。大陸には、久し振りの統一王朝である隋が誕生しています。朝鮮半島では新羅が強くなり、高句麗は隋と対立状態にありました。
こんばんは。明日は「処暑」ですが、浜松は暑そうです。
◆16日(水)から19日(土)まで、上海など江南地方に行っておりました。昔のチャイナに比べて、街も観光地も、ゴミが本当に少なくなりました。街路の植栽も、綺麗に手入れされています。江南地方は空気が澄んでいて、連日青空が広がっていました。最高気温も30度程度で、とても過ごしやすかったです。
◇聖徳太子の素志と、国家国民を救う使命感◇
以上述べた原大本徹によって、筆者は歴史上の人物を研究してきました。それぞれの人物が、どうして活躍出来たのか。その理由が、原大本徹に照らすとよく分かってきます。