一度決めた事であっても、間違っていたら見直す勇氣と柔軟性を持とう!

松下幸之助塾長の、経営におけるエピソードを一つご紹介します。
(ここから)
ある社員が幸之助に呼ばれた。
「今月の売上げはなんぼやった」
社員が答えると、幸之助は、
「そうか、そのうち何がなんぼ売れたんや」
「いちばんよう売れたんは何や」
と、重ねて質問した。

細かい数字についてはいささか不安があったが、まさか幸之助にそこまでは分からないだろうと思い、次々に答えた。するとさらに、
「そうか、それはよかったな。来月はなんぼ売るんや」
「何が売れるんや」
「何に重点を置くんや」

それにもスラスラ答えた社員は、機嫌よく聞いている幸之助の表情を見て、“うまいこといった”とほっと胸をなでおろした。

一週間後、幸之助はその社員に言った。
「きみな、ぼくに報告してから間違っていたことに気づいたときは、あとで訂正せんといかんで」 (ここまで)

(1999・春季号「松下幸之助研究」PHP研究所p.75.)
『松翁小話』「あとで訂正せんといかんで」から。

このエピソードから、下記の姿勢が読み取れます。
情も大切ですが、理も大事ですね。
・数字に表れた事実を重視する。
・必ず裏を取って確認する。
・間違いを放っておかない。

人は、しばしば間違った事を言い、誤った事を行います。上に立つ者は、そうした人間の不完全さを認識した上で、主観的な情に囚われることなく、客観的な根拠や証拠を上げ、その事実に基づいて虚偽を訂正させる指導力を持たねばならなりません。

また、孔子は「過てば則ち改むるに憚ること勿かれ」(あやまてば すなわちあらたむるに はばかることなかれ)と教えました(『論語』学而第一)。
躊躇せず直せと。

さらに、孔子の弟子である子貢は、指導者が過ちを犯した場合、よく目立つから皆から見られることになるが、それを改める姿も皆が注目していると述べて、間違いを直すことの大切さを説いています(『論語』子張第十九)。

つまり、間違えることが過ちではなく、改めないことが過ちというわけです。
「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」(『論語』衛霊公第十五)。

誰も止めないまま、盲目的に間違った道を進んでいけば、自滅が待っているのみです。(政経倶楽部連合会 総研レポート第114号より)